親記事
みなさんこんにちは。
ちょっと疑問があったので投稿してみました。
「ツインソウル」というのは、もともとが「ひとつ」であった魂が女性と男性(場合によっては同性どうし?)に分裂したものを指すのですよね?私には、この「ひとつ」という意味が良く分からなかったりします。
例えば、スピリチュアルカウンセラーである江原啓之さんの説明によると、もともと、それぞれの人たちには「魂の故郷」というものがあり、それを「類魂」(魂レベルでの家族みたいなもの?)と言うそうなのですが、彼の説明の中で、その類魂は、「水の入ったひとつのコップのような世界」として例えられています。
で、それぞれが、その水の入ったひとつのコップのような世界・・つまり、類魂から、「ひとつの水滴」(類魂から分裂した魂)としてこの世界に降りてきていて、肉体を持っている間は、他者と区別のできる「個」となってはいるけれど、あの世に戻れば、魂はまたコップの中に戻って、全てが “一体” となる、という感じだそうです。
スピリチュアル用語で言うと、「ワンネス」(全てがひとつ)と言うのかな。
・・と、いうことは、それって「個」ではなくなるわけですよね?生きている間は「肉体」という隔たりがあるために、他者と区別が出来るけれど、あの世に戻れば、そういう観念がなくなるということで…。
生まれる前も、コップの中の水の一部だったわけだし、あの世に帰っても、コップの中の水の一部に戻るわけだし。。要するに、魂は、「ひとつ」として数えられるような孤立したものではないということで、肉体に宿っている間の魂は、「ひとつ」として解釈できるとしても、もともと、コップの中の水から生産されているのだとすれば、「ひとつ」とは考えにくいような気がするのです。
だから、「類魂」に関しては “ひとつのグループ” として数えるのは正しいと思うのですが、その中から生産され続けている魂を「ひとつ」(独立した個体)という観念として考えるのは難しいのではないかな?なんて感じています。
なので、「ツインソウル」に関しての良くある解釈で、もともとが「ひとつ」であった魂が女性と男性に分裂する・・とはどういうことなのかな、と。
ちなみに、江原さんの「ツインソウル」の解釈としては、話を聞いている限りでは、「類魂」から複数の魂が降りてきている場合に、それを「ツインソウル」と呼んでいるみたいです(本来、「類魂」から複数の魂が地上に降りてくることはないそう)。
説明が難しいのでうまく伝わるかどうかは分かりませんが、何か意見があれば他の方の話も聞いてみたいです。同じように疑問を抱いている人はいないのかな?
近頃、「ツインソウル」とか「ソウルメイト」とか持て囃されていますが、良くある単純なロマンスとか、夢見がちな理想としての解釈で納得したり終わらせるのではなく、もっと根本にある「謎」を自分の考えとして追求して考えるのは必要かと思います。
ブログにそういうスピリチュアルな体験談を載せている人もいますが、こわいくらいにそれに同調している「乙女」が多いので、ちょっと疑問に思うことがあるのです(体験談を否定しているわけではないです)。
先ほど投稿させてもらったのですが、読み返してみたら長々として分かりづらかったので、補足として、分かりやすく単純に説明すると、
『魂とは、「数」として数えられるような孤立した存在なのか・・ということ。肉体に宿っている間は、他者との区別ができるから「ひとつ」「ふたつ」と数えられるけれど、ワンネスという言葉があるように、生まれる前は全てがひとつだったわけで、あの世に戻ってからも、すべてがひとつに戻るわけで・・その辺りがどうなっているのかということが疑問』
ということです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
R.Aさん♀(2009/05/13)
↓
R.A.さん
こんにちは。
以前、本でこんなことを読んだことがあります。
他人と自分の区別、境界線はないのだと。
私たちは、魂として一つ一つが分離されているような気がするけれど、それは孤立した存在なのではなく、大いなる創造主(宇宙)の側面を、それぞれが反映した存在なのだと思います。
つまり、R.A.さんもおっしゃっていた、ワンネス。宇宙は無限です。私たちはその一部分をもったユニークな存在であり、かつほかの宇宙のユニークな創造物を観察する観察者なんだと思います。
ツインソウルとかは、確かに特別な存在だと思いますが、それに出会うことが到達点ではなくて、私たちが更に上昇していくために助け合う仲間のようなものだと思います。
私は以前、今世でツインソウルと出会い、結婚するといわれました。私たちはそっくりで、まるで兄弟のようだそうです。
こんなことを言われたもので、私もツインソウルについて本をいくつか読んだりしました。そのとき思ったのは、ツインソウルはお互いに本当の愛を教えてくれる存在なんだということ。(もちろん、ここでいう愛とは、恋愛ごとに限定したものではありません)
その出会いは、まったく危険なこともなく、ごく自然に訪れるそうです。そしてお互いが合わせ鏡のような存在であり、自然に愛情を与えられる存在。ロマンチックなものかどうかっていうのは実際分かりませんが、ロマンとかそういうものに価値をおくならば、ツインソウルでなくても良いと私は思います。ツインソウルとの出来事は、確かに印象的なようですが、彼らが出会い、そう感じたのは、本当の愛情を知れたことによって心からの喜びを感じたことからくるのかな、と私は思います。
こうして皆さんとスピリチュアルな考えをシェアできるのは、とても楽しいです。ここに参加できることを感謝します。
shimejiさん♀(2009/05/22)
NEW!
Shimejiさん
Shimejiさんの投稿を拝見させてもらい、少しほっとしました。
私にはツインソウルと思える人がいます。その人とは、出会ったのにもかかわらず、お互いに色々な迷いや周りのしがらみ、自分たちの問題から逃れられず、未だに一緒にはなれません。
私たちはお互いをツインソウルだという事をわかりながら、なぜかお互い別の方向に進もうとしています。
どうしてわかってくれないのだろう、とお互いに思っています。
しかし、Shimejiさんの、”ツインソウルはそれに出会う事が到達点ではなくて、私たちが更に上昇していくために助け合うなかまのようなもの、ツインソウルはお互いに本当の愛を教えてくれる存在。”その言葉読んで、私は諦めずにこの言葉を信じたいと思いました。
そして彼にも教えてあげたい。私たちは本当の愛を知りたいがために苦しみ合っているんだということ。
それは特別なことではなくて、ごくごく自然なこと。
彼を見ていると”宇宙”という言葉があてはまります。そのくらい私にとってツインソウルは大きな存在です。
いつかお互いに分かり合う日が来ると信じて、私たちは使命を果たすために、これからも生きていきます。
hanaさん♀(2009/07/01)
R.Aさんの投稿を読ませていただきました。
確かに、もともとが「ひとつ」であった魂といわれても、なんだか分かりにくいですよね。そこで、体は宇宙と調和した存在で、小さな宇宙という話を思い出しました。ということは、体を宇宙に例えることも出来るのでは?と考えてみました。
体=宇宙。私たちは、1細胞=魂。
1細胞が男女2つに分裂して、それぞれ経験を積んでいる。
細胞=魂は個別の存在だけど、それぞれが一つの体としての一体感を持っている…という感じでしょうか。
自分なりの考えですが、少しでもR.Aさんの疑問を解決できる要素になれれば…と思います。
優さん♀(2009/05/15)
R.Aさん
私は、魂のしくみとか本当の姿についての諸説というのは、どれが正しいかということよりも、それを唱えている人たちの動機のほうに注目すると真実が見えてくるような気がします。
類魂やツインソウルという概念も昔からあるようですが、ツインソウル説がかなり熱烈に支持されているのは、良く言えばそれに勇気付けられている人が多いこと、あまり良くない意味ではそれを自己都合で利用している人が多いことだと感じます。後者のことが理由で、江原さんたちもツインソウルをおおげさに考えることをけん制しているような気がします。
私は不倫関係でもツインソウルはアリだと思います。前の投稿で「ツインソウルは若いときにしか出会わない」と断言する人の著書を紹介しましたが、それとて、著者自身が若いときに結婚しているので、厳しい見方をすれば不倫と同様な正当化とも言えるかもしれません。
類魂説も、スピリチュアリズムの学者にとっては、もしかしたらそういう説を構築することで都合が良い事情があるのかもしれません。
精神世界における諸説は、何が正しいかという公平な立場よりも、無意識のうちに、何を信じたいかという願望が反映しているように私には感じられてしまいます。
だって、「ひとつの魂が二つに分裂した」とか「類魂にもどってひとつになった」って、実際に本人が見たわけではないのに、なぜそこまで断言できるのか不思議です。せめて「そういう気がします」と言えるくらいが普通ではないでしょうか。ましては周囲にそれを断言して主張する意図は、相手の理解力を考慮しているとは思えないのです。
そうでなければ、ツインソウルを声高に主張する人のほとんどが不倫関係にあることの理由が説明できないような気もしますが、なかには「ツインソウルとの出会いはほぼ全て不倫関係という試練が与えれるのです」と断言する人すらいます。ご本人がそうでない場合は説得力があるのですが・・
ルークさん♂(2009/05/16)
優さん、ルークさん、お返事どうもありがとうございましたm(_ _)m
読ませて頂いて、更にいろいろ考えてしまいました。
・・話題がズレでしまうのですが、ルークさんのお話の中で「ツインソウルとの不倫」についてのお話が出たので、これについても書かせてください。
以前、本屋で立ち読みしたツインソウル関連の本にて書かれてあったことをうろ覚えですが思い出しました。
ツインソウルについての見解をお持ちの方、ご意見などを聞かせて頂きたいです。
書かれてあったことをまとめると・・
。。。
「離婚しないままで他のツインソウルと愛し合うのは、人間として罪なことではないのか?」という問いに対する光(神様?)の答え⇒
●社会においての「人としての罪」とは別に、「魂としての罪」も存在する。
●即ち、ツインソウルに出逢いながらも、愛の交換をおろそかにしてしまうということが「魂の罪」。
しかし、ツインソウルにに出逢ってしまった場合、愛の交換をおろそかにすることなど出来るはずない。
。。。
これについて、ずっと疑問だったのですが、ルークさんの『どれが正しいかということよりも、それを唱えている人たちの動機のほうに注目すると真実が見えてくる』・・という言葉に、なるほど!と思ったのです。
ルークさんのおっしゃるように、何が正しいか・・というよりも、スピリチュアル世界を説く本人の意識(無意識を含む、本人の願望や価値観,固定観念など)の影響が大きいのかもしれません。納得です。
その本に書かれてあるようなことは、他のツインソウル支持者にも似たようなことを言っている人は多いですし、私が驚いたのは、「ツインソウルと出逢えば問題なく幸せになれるので、現在、ツインソウルではないパートナーと結婚している人は、早く離婚してツインソウルを探してください。そうすれば、何の問題もなく幸せになれるのです!」・・みたいに言っている人がいたことです。
そして、本文に書かれていた中で私が疑問なのは、
何故、“ツインソウルと呼ばれる存在” とこの世で出会うと、愛の交換を疎かにしてはいけないのか? また、「愛の交換」とは何なのか? SEXのことなのでしょうか?
そもそも、何のための出会いなのか? 社会的に大きな貢献をするための出会い?
使命使命と騒がれているけれど、その使命とは…?
不倫でも何でも、ふたりが出逢うことで本当に大きな貢献をするというのなら別かもしれないのですが・・ただの「密会」のようになっている人達が多いような気がします。
例えば、 “吸引力”(陰と陽で磁石的な作用?) が強いから離れることは不可能・・とかも良く聞きますけれど、正直、結婚後などに、ツインソウルではなくても、「スピリチュアル絡みの異性」(例えば、過去生で結ばれたくても報われなかった・・とか、ありがちですが)と出会うということなんて、いくらでもあると思います。
そういう場合はどうなのだろうなぁ、と…。 「ツインソウルの場合は特別」ということになるのだろうか、と。。
正直、ツインソウルではなくても、そういう相手と出会った場合の吸引力はものすごいと思います。現に、私がそうでした。
過去生も見てしまったし、互いの間で尋常ではないものを感じていたけれど、自分の気持ちに正直になり過ぎればどうなるかが分かっていたので、離れました。
魂のメッセージに忠実にしないこと=「魂の罪」ということなのでしょうが、私は逆に、“魂の本能”の赴くままに行動すれば、身を滅ぼす危険性が多々あると思っています。
それとも、何かしらを犠牲にしてでも、「愛している!」という気持ちを貫き、ツインソウルと添い遂げるということが、「真実の愛」ということ・・なのかな?
そして、そうしないことは、「魂の罪」であると…?
うーん。。まぁ出会いの意味なんてそれぞれあるので、そうすることが「課題」の人も中にはいるのかもしれないけれども…。でも、あまりしっくりとはこないですね。
・・もっとも、ルークさんのおっしゃるように、『ツインソウルを声高に主張する人のほとんどが不倫関係にあることの理由が説明できない』というのは私も感じているので、やはり本人の願望や意識による「正当化」なのかな、なんて感じます。
けれど、何か思うことがある方は、意見など聞かせて頂きたいです。昔からずっと疑問に感じていたことなので。
ただ、このような本が続々と出版される中で、何が真実か?・・ということは置いておいて、自分達の都合の良いように解釈され、「エゴ」=「真実の愛」であると正当化し、ただ「愛の探求を!」「真実のパートナーを!」と必死になっているスピリチュアラーを見ていると、危機感を感じるのです。
R.Aさん♀(2009/05/21)
R.Aさん、
江原さんの本も読みましたが、一般の人にわかりやすくするために、ある程度簡潔に書いていると思います。
確かに、魂はもとは一つというか、根源が一緒と思います。じゃあ、死んだら魂はそこにすぐに帰って、水みたいに溶け合うのかって行ったら、そうではない、と思うんです。(江原さんの本にも、魂は幽体とかいろいろなものを着ている、と書いてある本もあります。)
最終的に溶け合える場所があるかもしれませんが、そこに至るまでに、魂はありとあらゆる経験を積まねばなりませんから、輪廻の中にいます。それが生まれ変わりで、輪廻の中は時間軸を未来へ進むものらしいので、魂が満足するまで未来へ進むのでしょう。きっと、これまでいろんな過去生を生きてきています。
魂はそういう意味では一人です。ずっと、同じ魂が長い時間の中の輪廻を駆け巡ってます。でも、死んだとき、魂の一部を仲間と交換したりすることはあるでしょう。私は優しさについて学んだけど、勢いが足りなかった、私の優しさをちょっとあげるから、あなたの勢いをちょっとちょうだい、ってな具合に。それがソウルメイト同士だったりするのではないかなあ。
そして、輪廻の外に出るとき、それが次の段階、だと思うんですが、そこには更なる大きな輪廻みたいな枠に入るのかもしれない、と思っています。
私の勝手な想像では、今、われわれは人間ですが、それこそ星にでも生まれ変わるのは?、、、なんて思っています。星って一人じゃなれないから、きっとソウルメイト全員とかでなるか、むしろ地球で今の時代を生きている人全員で恒星でも創るのかなあ、とも思っています。そういうとき、あるソウルメイトと呼ばれるグループで一つになり、別のソウルメイトも一つになり、そうやってどんどん一つになって行くのかもしれません。でも、そういう大きな枠の輪廻に入る前に、もっと並列次元での輪廻、たとえば他の星とかも経験したり、ようは自分たちが考えるより、いっぱいいっぱいのことがあるんではないかなあ、と思います。
あるものがばらばらに分かれるときは、まず一つのものが二つに分かれ、そしてそれらが更に二つ分かれていきます。そして、我々が魂と呼んでいるものまで分かれたんですが、その最後の分かれた片割れがツインソウルなのかなあ、と思います。だから、会うと懐かしく仕方ない、とかそういう感情が生まれたりするんだと思います。
でも、ツインソウルと会ったらすべてうまくいくって訳ではなく(まあ、うまくいくって定義もなんですが、、)、そこは人間として生きている以上、いろいろありますね、ってことですね(笑
ワンネスの捉え方を間違えると、想念が形にならないでふにゃふにゃしたものになりやすい、経験がおざなりになりやすいなあ、と思います。この世に生きている以上、それでは意味がないのですね。(←自戒を込めて(笑
あまねこさん♀(2009/05/23)